北村一輝と沢村一樹は奥さんや息子でも区別できてないと思う

沢村一樹と北村一輝のどちらかを見ると頭が痛くなる。

理由はわかっている。

彼らの名前を一発で当てることができないからだ。

「今みたのは沢村一樹だな!」と毎回確認するのだが再びみたときにはまた間違えてしまう。

先に断っておきたいのだがぼくは苗字はだいたい当てることができるのだ。

しかしその先には第二の関門である「名前」が待ち構えている。

ここで必ず「カズキ」なのか「イッキ」なのかを間違えてしまう。

USBが必ず一発でさすことができないように、彼らの名前も一発であてることは不可能に近い。

ぼくはマジで「北村一輝と沢村一樹の名前は必ず一発であてることはできない」ということをマーフィーの法則にいれるべきだとおもう。

沢村一樹(サワムライッキ)と北村一輝(キタムラカズキ)、なぜ彼らの名前を当てることができないのかぼくなりに考えてみた。

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ぼくが思うかれらの共通項

そもそもなぜこの二人をセットにして考えてしまうのだろう。

まず顔だ。

二人とも個性派俳優のくせに顔の感じがなんとなく似ている。

かおの個性感がもろ被りなのだ。

ほりが深く濃い所、ダンディーなところなんてソックリだ。

年齢も2歳違いとかなり近い。

ブレイクしたのも同時期な印象がある。

さっそうと沢村一樹が現れたと思ったらそれは実は北村一輝であったかのように同時期だ。

さらに二人ともエロいイメージがある。

沢村一樹は周知のとおりかなり下ネタが好きだ。

北村一輝も顔がセクシーだからおそらく下ネタが好きなのだろう。

そんなわけで彼らは顔・登場時期・性格とすべてにおいてぼくを惑わすかのように似ているのだ。

なのでここから彼らを区別することはぼくには無理なのだ。

「一輝」の存在

ぼくとしては一番やっかいなのは北村一輝の名前についている「一輝」の存在だ。

こいつがすべての元凶な気がしてならない。

ぼくはどうしても北村一輝の「一輝」を(カズキ)と最初に読むことができない。

(イッキ)と読んでしまうのだ。

ここで詰んでしまうのだ。

ぼくが彼らの名前を思い出すときの思考回路はこうだ。

まず苗字はだいたいの確率で当たる。良くも悪くも2分の1だ。

そして名前。

どっちかが(イッキ)と読むことは覚えている。

「一輝」って(イッキ)て読みそうだよな。

ということは北村一輝」は(イッキ)でもう一人の「沢村一樹」は(カズキ)ということになるな。

…とこんな感じになってしまうのである。

つまり「一輝」=(イッキ)という僕の中の固定概念をぶち壊さなければならないのだがそれも難しそうだ。

なぜならこの記事を書いている間も(イッキ)を変換して「一輝」を出してしまっているのだから……

まとめ

今回の記事をまとめるときにも二人の名前を死ぬほど間違えた。

文字だけ見ていたらほんとうに混乱してきて頭の中の彼らの顔もゲシュタルト崩壊してきた。

結局も何を言っているのか自分でもよくわからなくなってきてしまった。

もしかしたら記事中にも彼らの名前を間違えているところがあるかもしれない。

でももうぼくにはこの記事を見返す気力が残っていない。

調べてみるともともと北村一輝は「北村康」という本名で活動していたらしい。

それが映画出演が縁で三池崇史監督によって「北村一輝」という名に変えたそうだ。

なので今後は彼らの名前に対しての怒りは三池監督に向けることにしようと思う。

かれらを区別する方法をもし知っている有識者がいたらぜひその方法を教えてもらいたい。

今度彼を記事にするときはぼくがかれらの見分け方のマスターになっていることを切に願います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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