子供がずうずうしいのなんて子供のうちだけだから対処なんてしなくていいよ

ぼくには3歳になる甥っ子がいる。

三歳にもなると言葉も多く喋られるようになり、ぼくにもいろいろな要求をしてきます。

ある日、サメを書いてほしいといわれたので書いてあげました。

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甥っ子ではなくぼくが書いたサメです。

甥っ子は満足してくれませんでした。

でもそれは絵のクオリティうんぬんではなくて、オスのサメを書いてほしかったみたいです。

目の部分がかわいくてメスのサメに見えたみたいです。

なので、だれがどうみてもオスに見えるサメを書いてあげました。

 

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26才のぼくが書いた誰がどうみてもオスに見えるサメです。

それでも甥っ子は満足してくれません。

もっと大きなサメを書いてほしかったみたいです。

なので大きなサメを書いてあげました。

 

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ページ一枚にも及ぶ力作です。

甥っ子は何も言わず、首をかしげたままぼくのもとから去っていきました。

せっかくサメの絵をかいてあげたのにお礼もいわずにどこかへ行ってしまうなんて、こどもはなんてずうずうしいのかと思ってしまいました。

しかし、思い返してみればぼくもこどものころはなかなか図々しい男だったと思います。

母がぼくの友達を家に上がらせることを好まなかったので、屋内で遊ぶことになったらまず友達の家に行っていた。

そうなると大体の家のお母さんは気を使ってジュースなりお菓子を出してくれるのである。

お菓子が現れた瞬間こどもたちはお菓子に群がる。まるで道端に落ちているアメに群がる蟻のように。

「ありがとう!」などの感謝の言葉など二の次で、一目散にポテチをほうばり、べっとべとの手でゲームのコントローラーをいじり始める。

そしてポテチは光の速さでなくなっているのである。床には無残に散らばったボロボロのポテチの残骸たち。

今思うとスゴイ図々しいと思う

26歳になったぼくが同じことをしていたら二度とその家には入れてもらえないだろう。(この年でっこんなシチュエーションになることもないと思うが)

そのぼくが大人の僕になっていたらこんな感じになると思う。

お母さんがお菓子やジュースを出そうとしていたら「お構いなく」と遠慮する。

それでも善意で出してもらったら「わざわざありがとうございます」と感謝の言葉を伝えて、目立たないぐらいの割合、間隔を保ちつつポテチをたべるだろう。

もちろん、べっとべとの手でコントローラーを触るようなことはしない。その手を舐めるようなこともしない。

ちゃんとティッシュでふきとり、それでも気になるなら手を洗ってからコントローラーを触るのである。

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もうちょっとこどものずうずうしさを見守ろう

どこで気を使うということを覚えたのかわからない。

でも人は大人になるにつれて大小差はあれど、いつの間にか気を使うことを覚えている。

それと反比例して、ずうずうしさというものは消えていくものだと思う。

だから、子供がずうずうしいと悩んでいるお母さんや、目についた子供のずうずうしさに気分が悪くなる人はちょっと我慢してそのずうずうしさを見届けていてほしいと思います。

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